「母は可哀想」が消えた日

”幸せの感情”って

どんな感情のことだろう?

 

嬉しい 愉しい 温かい ほっとする

 

そういう感情を感じてるときだけが

幸せなんだって想っていたことが

わたしにはあります

 

 

けれど

生きていることそのものが幸せだとしたら?

 

寂しい 哀しい 痛い 腹立たしい

 

そういう感情を感じてるときだって

魂が経験したいことを経験してるという意味での

幸せを感じてるんだ

そんな風に感じた出来事がありました

 

あるとき母と大喧嘩をしました

そのとき母がわたしに言ったのが

「わたしはあんたたちの犠牲になった」

(わたしには結婚して家を出ている兄が1人います)

 

その言葉に

とても胸が痛んでセラピーをしました

 

いくつかの怒りや哀しみ

そして無価値観

 

その中のひとつに

”せめて病氣になったら母は許してくれるはず”

そんな想いがありました

 

わたしは2020年に

子宮体がんの手術をしています

その手術の前にも母と大喧嘩をして

同じようなことを想ったことを想い出しました

 

わたしが幼い頃に父が亡くなって

氣持ちの余裕のない母は

いつもイライラとしていました

 

幼い頃からどこか

自分の存在が申し訳ないような・・・

そう想っていたわたしをセラピーすると

 

真っ赤な塊が「痛い」って呟いていました

そして薬を塗ると

水晶のように透明になりました

 

”ごめんなさい”って想いながら

腫れ上がっていた心から

”もういいよ”って言われたような温もり

 

それから2日ほど経ったとき

母がとても機嫌良さそうに話しかけてきました

買い物途中の道で話しかけた人に

ずっと欲しかった花の種を貰ったと

 

”あ〜、ちゃんと引き寄せてるね”

 

そう母に想ったあとに

ハッとしました

 

 

母の”犠牲になった”という想いさえ

母が引き寄せているのなら

その願いが叶っているという幸福を

母は味わってるんだ・・・

 

子どもの頃から

氣難しく友達も創ろうとしない母との間で

揉め事があってしんどかったときに

周囲の大人に打ち明けると

「あなたのお母さんは可哀想な人なんだから」

そんな風に聞いてきたけれど

 

母は母の望みを叶えているんだ

 

そのときから

わたしの中の”母は可哀想”が消えました

 

それからほどなくして

わたしの感情に対してのジャッジも薄れていったように想います

 

どんな感情だって

味わいたくて湧き出てきたもの

 

大切な想いがあるから

何が好きで何が嫌いか知りたいから

その想いを知りたくて湧き出てきたもの

 

今ある感情がどんな感情であっても

今わたしが生きてるからここにあるのだから

愛してあげようって氣持ちが

少しずつ少しずつ膨らんできました

 

怒りや哀しみや憎しみ

寂しさや切なさや痛みがあるとき

そんな自分はダメだって責めなくていいんだよ

 

そんな大切なことを

この出来事は教えてくれました

 

⭐︎

感情セラピスト : 彩ね

https://www.instagram.com/colorful_voices3/

https://ameblo.jp/shikisai-love/

彩ね(あやね)自分の命の尊さに氣づき愛に満ちた人生に導く専門家

セラピストのプロフィール

わたしたちひとりひとりが唯一無二の尊い存在であること。
わたし自身が命と向き合った経験から、
あなたの命の核にある美しさや尊さ、
あなた自身の大切な想いに寄り添うことを大切に
アートやセラピーを提供しています。

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