セラピストのプロフィール

サカモトヨシコ

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ごあいさつ
 現役の公務員です。
 ご挨拶に代えて、自信を持てなかった私のことをお話しさせてください。

 私は幼少期から学生までの間ずっと、母親べったりで生きていました。ある意味典型的なニッポンのサラリーマン家庭。父親は仕事人間で家にいることが少なく、母親は子供しか相手がいない。兄と私の二人の子供のうち、たまたま私の方が成績が良かったので、母親の期待を一身に受けることになりました。

 小学生ぐらいまではそれでもなんとかやっていたのですが、思春期以降は母親、父親双方に対して様々な違和感しか感じていませんでした。父親とは全く口も利かず、顔も合わせたくありませんでした。それでも、母親とはべったりでした。「仲が良い」というのとはちょっと違います。「べったり」です。何かをするにはいちいち母親の許可をもらう。自分でできることでも、母親にやらせる。どこかへ連れて行ってもらう、何か買ってもらう。などなど。

 大学に入り、少しは親の影響も薄れたのですが、今度は自分のやりたいことが全く分からなくなりました。自分の興味のためではなく、親の期待に応えるために進学先を選んでしまったために、大学の授業がさっぱり面白くない。当時は原因が分からず、必死にあがいて苦しみました。

 大学生の間、何も学んだ気がしなかった私は、あろうことか大学院に進学して何とか勉強をやり直そうとしました。しかし、元々興味がないのですから当然挫折。今度は就職活動を始めます。就職活動にあたり「自分が何をしたいのか」という問いを突き付けられては、全く答えられず、内定も取れない日々を送りました。

 そんな私が、なぜ今公務員なのか。それは、私の受験した公務員試験の面接がユルかったから。(全ての公務員の面接がユルいわけではないと思います。念のため。)「あなたは何をしたいのか」という問いがなかったわけではないでしょうが、突き詰めて聞かれることはなかったように記憶しています。

 私はずっと、自分で自分のことを選択ができなかった人間、できない人間だと思っていました。他人に敷かれたレールの上を、犬のように忠実に歩いてきただけの人間だと。でも、そんなことはない。大学院に進学すると決めたのは自分。中退して公務員になると決めたのも自分。時にあがきながら、時に迷いながら、要所においては自分の判断を下してきたのです。

 私が感情セラピーに興味を持ったのは、自分に自信を持てるようになりたかったから。これまでの人生で、「どうせ自分なんて」という言葉を、何万回発してきたことか。そんな自分をどうにかしたくて、ここにたどり着きました。それも一つの自分の判断です。

 自分が判断を下したことに対して、常に最善の結果が出てきたかは正直なところ、分かりません。でも、ここで大切なのは結果ではありません。「判断したのは私なのだ」という事実だけです。それが小さな自信のかけらとなり、私の中に蓄積されているのです。
 
 この小さなかけらは、かけらによって存在感に違いがあります。「自分でこう判断した」と納得している出来事のかけらは、存在感があります。一方で、存在感のないかけらというのも、数多く存在します。それは、その判断を「自分のこと」として受け入れられていないかけら。

 このようなかけらは、見て見ぬふりをするうちに、自分で存在を忘れているのです。私自身、忘却の彼方のかけらが多すぎて、今でもかけら探しの旅は続いています。

 感情セラピーは、かけらを発見する手掛かりになります。小さなかけらとはいえ、立派な自信の土台です。かけらが積もって山となっていることに気づいたとき、そこはギフトの山となっていることにもまた気づくはずです。このことは、これまでに感情セラピーを続けてきた中での実感でもあります。

 ここまでお読みいただきどうもありがとうございました。私のエピソードが、私と似たようにもがいている方に届けば、これに勝る喜びはありません。

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